2019/06/18

ワタボ

少し前になりますが長いこと家族の一員として過ごしてきたカニンヘンダックスのワタボが亡くなりました。

18歳目前という犬にしては、かなりの長寿な方ではありましたが、亡くなる1~2週間前までは、食欲もそこそこあり、うんちやおしっこもちゃんとできていたのが、おなかを壊したのをきっかけに、いつもなら2~3日で快復するところが1週間たっても治らず、食事も減り、食べても吐きがちになり、そのうちまったく食べなくなりました。その後、水も自力で飲むこともできなくなり、と一つずつスイッチを切るように弱っていき、最後は、粗相して汚したお尻を洗ったりしているうちに息を引き取ったそうです。

最後の最後、見た目がさほど辛そうではなかったというのが唯一の救いでしょうか。

亡くなる前日に行ったお医者さんに難しい顔をされ、腎臓がほぼ機能しておらず、ひどい脱水症状とのことで水分補給の点滴をうけたものの、か細く泣いて痛がったそうで、帰ってきてからも軽い痙攣のような発作を繰り返すのを見て、娘が”明日学校休んで一緒に看病するよ”と、最後をかみさんと娘の二人で看取ることができたのが幸いでした。

以下、えらい長文です。

 

ワタボがうち子になったのは17年前の9月、当時、かみさんの友人がダックスが欲しいとペットショップに予約したものの、直前に別のショップでの出会いがあり、そちらに決めてしまった結果、もとの予約をキャンセルしなきゃとかみさんを連れだってショップへ。そこで、キャンセルされるその子(ワタボ)に出会ってしまったのが始まりでした。

かみさんがペットショップに行くのは聞いてはいたので、残業していた自分がどうだったと?と電話したところ、後ろから”キャンキャン!キャンキャン!”と子犬の声がっ!あれ?行ってから数時間は経つのに”まだショップにいるの?”と怪訝に聞くと”いや、つれて帰って来ちゃっ た!”と、、、、

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(こりゃやられちゃうよなぁ的な)

当時、ペット禁止の賃貸マンションに住んでおり、いやいや、どうすんの?というのが先にありましたが、帰宅しワタボ(最初はまだ名前もなかったですが)を一目見て、見た目にもやられ、仕方なく近所のペット可賃貸を探すことになりました(子供の保育園の関係で近所で探す必要がありました)。

その頃は、今のようにペット可賃貸物件は多くなく、また時間も無かったのですが、幸い二駅ほど離れた古い一戸建てを見つけることができました。なんでも家主が関西の方へ転勤し、その間、貸しているとかで、その家主がもともと犬を飼っていたとかでペット可とのこと。たしかに二階の階段脇の柱が囓りつくされて半分ほどの太さになっていました。相当古い一軒家で、おかげで粗相をしたときもさほど気にすることは無くて助かりました

当時、私もかみさんも共働きで、子供をチャリで一駅半ほどダッシュで保育園に預け、帰りは、隣駅に住む、いまは亡くなった義理の父、母のうちに引き取りに行くという生活だったので、平日は、ワタボが日がな一日、ワンワン吠えまくっていたようです。天気が良ければ、義理の父、母が散歩がてらワタボを見に行ってくれていましたが、今にして思えばたいそう寂しい思いをさせていたと思います。

そのせいか、そのころよく家電製品のケーブルを囓り軽く感電したり、皮のソファーをガジガジして中のスポンジをはみ出させたりしていました。その癖がついたせいか、老いておとなしくなるまで(歯が悪くなるまで?)、おもちゃの人形というの食いちぎってバラバラにするモノと決めていたようです。

そこには2年ほど住みましたが、ある日の事件をきっかけに引っ越すことになりました。

ある日いつものようにかみさんと二人で外食後、子供引き取って家に帰ったのですが、チャリ担当の私より先に電車で帰ったかみさんが玄関も閉めずに呆然としています。どうした?と聞いたところ、”泥棒がはいったらしい!”と。“えっ?ワタボは?”と聞くと、いじけた感じでばら撒かれた枕のプラスチックビーズの中をうろちょろしています。ホッとはしたものの、どうも態度がおかしいので脅されたか蹴られたかしたようでした。まあ何はともあれ無事で良かったのですが、主にかみさんがこれまで集めてきた貴金属、ジュエリー類や前の年に勢いで買った高めの腕時計などをまるごと持って行かれました、、、

警察を呼んで現場検証をして貰うと家の前の木や植栽が目隠しになったのと普段不在なのがわかりやすかったのがネックだろうと言われました。手口を見た感じプロっぽいので盗られたものが出てくるのはちょっと無理だろうとのこと。ショボーンです。

結局、このことをきっかけとして、その時の家財保険の保険金を頭金にいまのペット可マンションをほぼ衝動買いして引っ越しました。

小ネタとしては、泥棒に入られた後、被害金額の算出のために保険調査員さんが来たとき、うるさいワタボを居間から出していたら玄関で保険調査員のおじさんの靴をボロボロにしたという事件がありました。ニコニコしながら「子犬(その時はまだ23)じゃあしょうが無いなぁ」と言いながらボロボロにされた靴を履いていったおじさん、本当に申し訳ありませんでした。

さて、新しいマンションに引っ越して数年、子供も小学校に上がり、そして学童が終わるのを機にかみさんが仕事を辞め、ワタボが寂しがることは少なくなったようでしたが、泥棒事件がきっかけか、分離不安症がひどくなったようで、お留守番させると、相当吠えているようでした。引っ越してすぐにお隣さんから、お宅のワンチャン寂しがってるようで、すごく吠えまくっていましたよ!と軽くクレームをいただいてしまったので、玄関ドアに防音シートを貼り、通気口に遮音器をつけました。まあ効果のほどは気休め程度ですが。

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(人さえいればスンとおすまし顔)

子供の夏休みや冬休みなどで旅行に出かける際は、ペットホテルに預け三人だけで旅行していたのですが、元々、食に対する欲求が低い犬のようで、”あまり食べませんでした”と飼育日誌によく書かれていました。

ワタボが56歳くらいになったころ、突然ガクガク震えながら硬直したように倒れることがあり、お医者さんに連れて行ったところ、てんかんとの診断を受けました。その時は、まあ頻繁でなければ様子を見ましょうという感じだったのですが、7歳くらいになると数週間に一度発作を起こすようになり毎日の投薬となりました。そのころのお医者さんの診断としては、この年でこんなてんかんの子は、十歳前後ぐらいまでだなぁと言われすごくがっかりした記憶があります。毎日の投薬とはなりましたが、発作を起こしても、数日程度でケロッと何も無かったように元に戻ることを繰り返していました。

そういうこともあり、だんだん旅行でも預けず、一緒に遠出することが多くなりました。犬を連れて入れるところや一緒に泊まれる宿を取ることが多くなり、そのための制約も多くなりましたが、その分、より一緒にいる時間も多くなり、ワタボをぐっと身近に感じるようになった気がします。

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(草の上はとってもお気に入り)

また、その頃から、悪天や(自分の)具合の悪いときをのぞいて早朝、30分ほど散歩をするようになり自分の健康にも貢献してくれた気がします。暑い夏は5時前後の早朝散歩、冬は7時近くと季節もより感じられるようになりました。

だんだんと子供の受験や学校の関係で長い休みでもあまり遠出しなくなり、出かけるにしても、かみさんと子供、自分とワタボが留守番とかそういう感じが多くなりました。

夜は、自分とかみさんの寝ているベッドに自分で上がってきて、夏は上掛けの上、冬は布団に潜り込んで寝るという、猫?と思わせるような生活です。

10歳を過ぎてからは、(やっと)トイレもちゃんとできるようになり、無駄吠えも減り、なんとなく家族の関係も強まった気がしました。お医者さんに言われた10歳をも無事すぎ、薬のおかげか、てんかん発作も数ヶ月に一度くらいで落ち着いていました。お出かけや散歩も楽しく、一番良い時期だったような気がします。

1213歳ころのことでしょうか、歯についた歯石がすごいことになっていることに気づきました。

ネットで調べ、車で30分ほどのところに歯石除去と健康診断をやってくれる病院があったので連れて行きました。歯石は取って貰えたのですが、検診結果が、どうも心臓弁膜症の疑いがあるらしいと、、、

例の行きつけの病院に連れて行くと、確かに心臓が弱っており、少し心臓が肥大しているとの診断。また例によって”ん~、あと1年、2年くらいかなぁ”と悲観的なお言葉、、、てんかんも治まっているのでてんかんの薬はやめて心臓のお薬にしましょうと言われました。”あまり心臓に負担をかけないよう、お散歩も控えて走ったりさせないように”と注意も受けたのですが、ワタボは、なにしろ散歩好き(まあ犬ってそんなモノか)で毎日連れて行っていても天気が良い日などは、毎度、馬車馬のようなダッシュを見せるので逆に苦労しました。

山中湖畔の広大なドッグラン付きのホテルも何度か連れて行きましたが、リードを外すと炎天下だろうがなんだろうが、ずぅーっと柵に沿ってグルグル回っています。

15歳くらいになった頃、そのホテルに行ってはしゃいで帰ってきた晩に少し発作っぽい症状を起こしたため、”あ~、もうこんな無理させちゃダメなんだな”と考えを改めさせられました。

それでも東京の夏の猛暑を避けるため、白馬(思ったほど涼しくなかった)、蓼科(涼しいけどまわりに何もなさ過ぎ)と自分たちも涼しく犬連れでもゆっくり過ごせる日々ではありました。

そんな頃、前に歯石を取ったりしていたのですが、心臓病の件もあり、そのままにしていたところ、口がものすごい悪臭を放つようになっていたため、いつもの病院に連れて行くと、虫歯がひどくなり歯茎が炎症を起こし膿んでいるようだと言われました。抜くことは可能だけど、全身麻酔が必要でこの子の場合、そのまま死んでしまうことも考えられる。それでもやるかどうかはよく考えて決めて欲しいと、、、

結局その後、歯茎?が腫れ上がり目と鼻の間が膨れ上がったり、膿のようなハナを出したりしたため、意を決して抜歯をお願いしました。犬歯と奥歯の間数本を抜歯し、それと同時に膿も相当出たらしいのですが、幸い戻ってくることができました。その後、グタッとして意識も薄そうな心配な状態が続いていましたが、一週間ほどで食欲も動きも良くなってすっかり元気になったワタボでした。

その頃、意識が朦朧とした中でお漏らしをしたりするようになったこともあり、犬用おむつを試したら、意外に気にせず、その中でも用が足せることがわかりました。もっと早く気づいていればお出かけやお泊まりは気が楽だったのに~と思いましたが、おむつは、それから亡くなるまで大変役立つグッズとなりました。

そんな比較的のんびりしたワタボの生活も、昨年の6月、その数年前に亡くなった義父のお墓参りに連れっていった深夜、いままで経験したことのない大きな発作を起こしました。横に倒れたまま脚をばたつかせ、少し治まったかと思ったら痛いのかなんなのか”ワォーン!ワォーン!”と鳴いては痙攣を繰り返します。朝方いったん落ち着いたのですが、再度、発作を起こし、これはやばいかもと思っていつもの病院へつれていくと、てんかんなのか何か別の脳の病気かもしれない。まずは強いけどこの座薬を入れようと薬を入れられました。帰ってきてやっと落ち着いたので、ほとんど寝ていないかみさんや自分も横になったんですが、この薬のせいか、ひどいおなかの壊しようで気を許した隙に部屋がエラいことになってしまいました。

その後もしばらく朦朧としてヨタヨタと足下もおぼつかない様子。元々白内障の右目だけでなく左目もちゃんと見えていないように壁やテーブルの脚にもぶつかるようになってしまいました。

かみさんが老犬を飼われている方のサイト(インスタ?)で見て知った、円形のビニールプール活用法。前から話題にはしていましたが、必要に迫られて速攻でポチりました。

届いて早速広げて使ってみると円形なのでぐるぐる回るのには支障が無いし、ぶつかっていっても空気で膨らんだ壁なので怪我もしません。ぐるぐる回って疲れ切っては寝て、また起きてぐるぐる回ってというのを繰り返していました。

このままダメになっちゃうかなぁと考えていましたが、そのうち、ちゃんと目が合うようになり、ご飯もちゃんと食べ、うんちもベランダに出してあげるとちゃんと自分できるように戻りました。ほっと一息ついた感じです。

ただし、もうベッドまで駆け上がったりすることはできなくなったようで、夜は居間に置いた犬用ベッドで寝るようになり、それにともなって、亡くなるまでの約1年間、かみさん、私、子供のうち2名が交代で居間のソファベッドと床に敷いた布団で寝るようになりました。

大きな発作を起こした以降も何度となく発作を繰り返し、徐々に足腰が弱くなり、また目も鼻も利かなくなっているようでした。それでも、おしっこやうんちは、ベランダに出すまで少し我慢できるようになったし、ご飯も量こそ減りましたが、ちゃんと食べられるようになりました。

ただ、散歩に連れ出しても、50mも行かないうちに帰りたそうにしたり動かなくなったりしたので、外でのお散歩は、ほぼできなくなった様です。

さらに歯もまた膿んできたようで、鼻の横が腫れてきたり、黄白色のどろっとしたハナを垂らしたりするようになりました。

散歩しなくなったからか、日中の大半は寝るようになり、逆に夜中にカサカサ歩き回るという生活が続きました。平日は、自分は仕事があるので寝室で寝て、かみさんと子供が居間で寝ると言うことが続きました(逆に休前日や土曜日は自分が居間)。

発作は起こしつつも23日でなんとなく戻るというのを繰り返していたので、あぁこの夏にはなんとか18歳迎えられそうだねと話していた矢先、最初にワタボを迎えるきっかけとなった、かみさんの友人のダックスの突然の訃報が届きました。ワタボよりは2ヶ月ほどお兄さんの突然の死です。ワタボとも何度となく一緒に遊び、犬嫌い?のワタボの数少ない友人でした。おととし近所まで遊びに来てくれて犬同士、老犬ながらじゃれて遊んだりしていて、また会いたいねぇと言っていたところでした。

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(一昨年の親友との最後の戯れ)

そして、このGWを直前に特に変なものを食べた覚えもないのにおなかを壊し、いつもなら23日治るところ、GW中、食べてもおなかを壊す、なんなら食べたものを戻すようになってしまいました。犬用介護食や栄養食、犬用ミルクなどいろいろと試してみましたが、なかなか食べなくなり、GW前半では、水は自分で飲めていたのが、GW後半では水すら嫌がるようになりました。口からもこれまでの虫歯の匂いとは別ないやな感じの臭さが漂っており、結局、GWが終わる頃には立つのもやっとというところまで弱ってしまいました。

GWが明けても症状が改善する気配はなく日に日に弱っていくようでした。その様子を訊いた先の友人夫婦がGWの翌週末、亡くなった子の弟分(こちらもワタボの数少ない友人?)をつれてお見舞いに来てくれました。亡くなった子のときの顛末や後悔をいろいろ聞いたりして、ワタボ頑張れよと励まして貰いました。

明けて月曜日、前日から出ていたチック症のような引きつった痙攣のような症状も頻繁になり、直ぐにいつものお医者さんに連れて行ったところ、腎臓がまともに機能しておらず、極度の脱水症状を起こしているとのこと。吐き気止めの注射と水分補給の点滴を打ったそうです。その間、辛そうな痛そうな弱々しい鳴き声を上げていたとのことで、連れて行ったかみさんとしては、その後の流れからも後悔することとなりました。しかし、私としては、治療自体が痛かったかもしれないが、極度の脱水症状を快復させるためには必要な処置だろうと思っています。

結局、帰ってきてからも別の症状こそ出ても良くなる気配はなく、目もうつろ、熱も上がっているようで、その様子を見た今日は大学休んで一緒に看病するよといってついていてくれました。翌朝、自分の出がけに頑張れよと頭をなで仕事へ出かけました。しかし、かみさんが再度病院へ連れて行くと、”ん~これは一両日が山かも”と言われたとの連絡。いつぞやこの子は10歳までと言って、ここまで来られたので今回も間違いであって欲しいとは思いましたが、ここ数週間の容態と今朝のワタボの状況からなんとなく覚悟せざるを得ない思いが頭をよぎります。

そして、その日の5時過ぎ、”いま息を引き取った”との連絡が届きました。

覚悟もそれなりにしていたのもあったのですが、悲しさよりも寂しが大きかった気がします。

うちの子になって17年、18歳目前のお別れでした。

てんかんや心臓の病気にかかってもダックス的には17歳オーバーはかなりの長生きの部類だそうです。こうやって振り返って見ると時期や年齢の部分は、かなりうろ覚えの部分も多く不正確なのですが、ワタボに起こった出来事やそれに紐付く家族の出来事は鮮明に覚えていることを考えても、いかにワタボが家族の一員として深く組み込まれていたことがわかります。

亡くなってしばらくして、かみさんが「生活は思ったほど変わらないが”癒やし”がなくなったなぁ」とぽつり。そう、何より彼は家族全員の”癒やし”だったんだということ痛感しました。

生き物を飼うことは大変ですし、最後まで面倒を見ることは、相当な労力を伴います。なので、犬に限らず動物を飼う場合は、それなりの覚悟を持つ方が良いと思います。しかし、少なくとも自分たち家族にとってそれは何ものにも代えがたい素晴らしい経験でした。それは労力をかけても価値があるものだと思います。

もっと何々すれば。という思いは多々ありますが、その中でも、一つあげるとすれば、歯をもっと大切にしてあげればもっと楽しく過ごす時間は長かったのではと思います。当分(またはもう一生)、生き物を飼うことは無いかもしれませんが、またいつかそんな機会が来れば嫌がっても歯磨きしてあげなきゃ思います。

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(2018春秩父にて)

Bye Bye ワタボ。ありがとう。

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2017/03/15

CX-5リコール

というわけで、前回の続きな訳ですが、

自分でも気になって、”CX-5”+”煤”でググると結構出てきますねぇ。
特に人気が高いのは、関西?の方のミナト自動車さんのドライアイスで筒内洗浄を行ってらっしゃるところのブログ。元々は、別車種向けだったらしいんですが、CX-5を持ち込んでチェックして貰ったところ、見事な煤コーティング写真を撮られています。
これを見せられると、ディーラーやメーカーサイトで煤がつくのは当たり前で走行に問題ありませんといわれても、俄に信じられません、、、
さらにインテーク側の吸気センサー(だったかな?)をDIY洗浄されている方もいて、センサーがコレじゃぁという感想です。
と、いろいろ調べて若干鬱になりかけたところでディーラーから重要お知らせとのDMが届きました。
内容は、Webで公開されたリコール内容が写真付きで印刷されているだけでしたが、肝心のいつ持って行きゃ良いんだと思ったら、修理に時間を要しており、4月に入ってから改めて連絡するとのこと。
まあ、2.2Dの全台?が対象となったみたいだし、昨年5月納車じゃ後回しにされても仕方ないとも思うけど、それ以上に、あの煤をプログラム改良だけでどうにかなるとは思えないところがなんとも。
構造的に煤が付くのは仕方ないとして、2万キロに一度の煤払いとかのサービスをメーカー/ディーラーとして提供してほしいなぁと切に思うのでした。

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2017/03/02

昨年久しぶりに日本のクルマを購入しました

と、言ってもそれまで乗っていたクルマ(一応イタ車、”痛”では無いやつ)が、珍しく壊れなかったこともありずるずると10年以上乗ってただけですが。

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在りし日の147。中古車車に見積もり中も外見だけは”新車”なみ

ただ流石に10年経つとエンジン音に異音がまじり、そろそろやばい雰囲気がしてきたのと、翌年には車検が控えていたので、思い切って買い換えることにしました。
家族会議の結果、今度は、安心して遠出できる”日本車”がっていう方針が決まりました。
また、これまで、クーペ(日)、セダン(伊)、ステーションワゴン(日)、ハッチバック(伊)と乗り継いできたので、そろそろSUVに乗りたいなぁ、でもマンションの立体駐車に入るサイズで、しかも直前あった熊本地震の影響もあり、中で寝られるやつ、となるとかなり限定されます。
さらに、ディーラーが徒歩圏内!というやる気のなさもあって、ほぼ2社から選ぶことに。ついでハイブリットは、どうも信用できず、三十数年前に教習車で乗ったディーゼルか!ということで、結果、MAZDA CX-5ということに決定しました。

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届いたばかりの新車を連れ、わんこ連れお泊まり

さて乗り始めて最初に感じたのは、実寸以上のサイズの大きさ、二度目のお出かけでは、助手席側のサイドミラーを電柱にぶつけました、、、さらに乗り始めて10ヶ月近く経った現在でも車庫入れが思いの外、難儀しています(なにしろ立体駐車の轍がタイヤ幅がギリ)。
乗り心地は、まあ悪くないです。でも、車体の割に軽量なのか、ちょっと落ち着きが無い感じがします。しかもいままで、こういう腰高なクルマに乗ってこなかったのでカーブなどで身体が振られる感覚が大げさに感じます。シートが大きくておしりの収まりが悪いのもあります。
燃費は、ディーラーやカタログスペックで言われるほどよくありません。乗り方の問題もあるのでしょうが、特別、ぶん回している気はありませんが、12〜15km/Lくらいでしょうか。車体の大きさを考えれば悪くないでしょうし、軽油なのでスタンドで身構えなくて済みます。
エンジン、ギアまわりは、走り出しゆっくりでちょっと進むとすーっと加速するような感じでちょっとなじみません。前のクルマがセミオートマだったのもあって、マニュアルっぽいギアに直結な感じだったので、変な味付けが却って苦手になってるんでしょう。スピードがのれば普通なんですけどね。ただ、高速を走ってるときのスカスカした感じが、ディーゼルの所為なのかギア、オートマの設定なのか、まあ、後で出てくる、最新兵器に合わせてるのかもしれません。
今時の日本車でほぼトップグレードで買ったのもあって、いろいろな電子機器が装備されています。
バックモニターやサイドモニターは当たり前、雨量感知、明暗感知、前車接近感知、さらにレーン逸脱感知。
クルーズコントロールなんて使うか!派だったのですが、そこそこ混んだ高速でこれほど楽なシステムは無いと思い至りました。何しろ、少しスピード高めに設定し、前車との距離を設定するだけで、アクセル、ブレーキを制御し、ドライバーは、ハンドルだけ気をつければいいなんて。ただし、前車がレーンチェンジして、設定速度よりかなり低い速度で急に前方が空いたりするとぐぐっと加速するのは、わかってても若干びびります。
また、レーン逸脱感知は、左右のラインを感知し、ウィンカーなしでラインに近づくと警告音やハンドルフィードバック(重くなる?)が行われるんですが、一度、怖い目に遭いました。
軽井沢に出かけ、帰り道、軽井沢ICからの下りカーブにおいて、ラインが通常のライン+内側に警告用のラインが追加されており、(たぶん)センサーが道幅の狭い道路と認識したのか、常にハンドルが重い状態になりました。下りの左カーブなのでハンドルの重さからもちょっと強めに左に切った状態から、先ほどの内側のラインが無くなった途端、ハンドルが軽くなり、スッと左に切りすぎて左車線に突っ込みそうになったのです。
まあ、特殊条件ではありますが、それ以来、ちょっとレーン逸脱感知は、使う気になりません。
そういう意味では、これまでのクルマに比べ、そもそもハンドルが軽すぎるのかもしれません。その辺の味付けも今風なんでしょうね。
そろそろ一年になろうかという先頃、リコールのニュースが飛び込んできました。なんでも、エンジン周りのパーツ、および電子制御に問題があり、煤が可動部に挟まり、焼き付きなどエンジンがお釈迦になる可能性があるとか!結構深刻じゃん!
昨年末のニューモデル登場は既知だったので、さほどショックは無かったものの、それを待ってたかのようにリコールが発表されるはちょっとなぁという感じです。しかも自分のを含む、2.2Dの旧モデル全部って、、、
ディーラーからなんて言ってくるかなぁと楽しみつつ、既に発表から一週間、いまだ連絡なしです。やる気が無いのか、対応でかけずり回ってためか?
まあ、リコールをちゃんと発表するだけまだマシって考え方もありますが、それは欧州車に毒された考え方かもしれません。
というわけで次は、またイタ車かなぁ、、、

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2016/03/18

卒業しました

娘が。

Sakura

反省しきりの中学受験から6年、無事、高校を卒業することができました。
幸い進学先もあっさりきまり、卒業式もすっかり落ち着いた(浮かれた?)気持ちで迎えられたようです。
在学中、何度か通った講堂も今回が見納めですが、ステージに向かって卒業生:高2:卒業生家族が順に並んで腰掛けます。卒業生は、講堂後方から入場し、通路際に陣取ったため、逆に無理な体制で写真を撮ろう四苦八苦しているうちに、娘を見失ってしまいました--;
さて、粛々と式が進行し、卒業証書授与が終わり、卒業生父母代表のご挨拶となったところで、横のかみさんが”学年トップの子のお父さん”と耳打ちしてきましたが、”ふ~ん”というぐらいの認識だったのですが、出だしこそ少しもそもそっとした感じでしたが、内容が素晴らしく、お嬢さんが学校で過ごした時間換算を人生のパーセンテージに置き換えたり、入学当初の場になじめないお嬢さんに男親らしい感想をウィットを交えながらとても上手にまとめ上げています。いつも思いますが、本当に頭のいい人の話は、わかりやすい上に同感しやすく構成されていますが、まさにその典型でした。
その後、他のご列席者の挨拶や在校生送辞の後に、まさにそのお嬢さんが答辞を返し、これがまたよくできた内容でした。ステージ下でステージを向いて話していたので、実際はわかりませんが、途中、感極まって言葉に詰まるシーンに感じられた箇所が何箇所かあり、あとから聞いたところ、案の定、そのタイミングで多くの父母が目頭を熱くしたようです。
何はともあれ、大きな問題もなく無事卒業できてホッとしました。
娘自身は、入試が始まった当初の頭痛・腹痛・吐き気やら何やらが、進学先が決まった直後に二晩ほど高熱を出した後、すっかり体調を戻し、先に決まった友達らと遊ぶ計画やら何やら、とても楽しそうです。(相変わらず現金な子^^;)
進学先も何やら大変そうな学校らしく、また、体調不調がぶり返すんじゃないかと今から戦々恐々です、、、
まあ、なんにしろ、卒業おめでとう!

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2014/11/27

勝手にデトックス

例によって2週間ほど滞在した中国出張から無事帰国しました。
今回は、お腹を壊すこともなく、バスタブに湯を溜めての就寝を心がけ、風邪を引くこともなく無事帰って来られました。
おかげでくだんの出張ダイエットとはいかず、出張前をキープ、または若干重めで帰国しました。

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