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2019/06/18

ワタボ

少し前になりますが長いこと家族の一員として過ごしてきたカニンヘンダックスのワタボが亡くなりました。

18歳目前という犬にしては、かなりの長寿な方ではありましたが、亡くなる1~2週間前までは、食欲もそこそこあり、うんちやおしっこもちゃんとできていたのが、おなかを壊したのをきっかけに、いつもなら2~3日で快復するところが1週間たっても治らず、食事も減り、食べても吐きがちになり、そのうちまったく食べなくなりました。その後、水も自力で飲むこともできなくなり、と一つずつスイッチを切るように弱っていき、最後は、粗相して汚したお尻を洗ったりしているうちに息を引き取ったそうです。

最後の最後、見た目がさほど辛そうではなかったというのが唯一の救いでしょうか。

亡くなる前日に行ったお医者さんに難しい顔をされ、腎臓がほぼ機能しておらず、ひどい脱水症状とのことで水分補給の点滴をうけたものの、か細く泣いて痛がったそうで、帰ってきてからも軽い痙攣のような発作を繰り返すのを見て、娘が”明日学校休んで一緒に看病するよ”と、最後をかみさんと娘の二人で看取ることができたのが幸いでした。

以下、えらい長文です。

 

ワタボがうち子になったのは17年前の9月、当時、かみさんの友人がダックスが欲しいとペットショップに予約したものの、直前に別のショップでの出会いがあり、そちらに決めてしまった結果、もとの予約をキャンセルしなきゃとかみさんを連れだってショップへ。そこで、キャンセルされるその子(ワタボ)に出会ってしまったのが始まりでした。

かみさんがペットショップに行くのは聞いてはいたので、残業していた自分がどうだったと?と電話したところ、後ろから”キャンキャン!キャンキャン!”と子犬の声がっ!あれ?行ってから数時間は経つのに”まだショップにいるの?”と怪訝に聞くと”いや、つれて帰って来ちゃっ た!”と、、、、

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(こりゃやられちゃうよなぁ的な)

当時、ペット禁止の賃貸マンションに住んでおり、いやいや、どうすんの?というのが先にありましたが、帰宅しワタボ(最初はまだ名前もなかったですが)を一目見て、見た目にもやられ、仕方なく近所のペット可賃貸を探すことになりました(子供の保育園の関係で近所で探す必要がありました)。

その頃は、今のようにペット可賃貸物件は多くなく、また時間も無かったのですが、幸い二駅ほど離れた古い一戸建てを見つけることができました。なんでも家主が関西の方へ転勤し、その間、貸しているとかで、その家主がもともと犬を飼っていたとかでペット可とのこと。たしかに二階の階段脇の柱が囓りつくされて半分ほどの太さになっていました。相当古い一軒家で、おかげで粗相をしたときもさほど気にすることは無くて助かりました

当時、私もかみさんも共働きで、子供をチャリで一駅半ほどダッシュで保育園に預け、帰りは、隣駅に住む、いまは亡くなった義理の父、母のうちに引き取りに行くという生活だったので、平日は、ワタボが日がな一日、ワンワン吠えまくっていたようです。天気が良ければ、義理の父、母が散歩がてらワタボを見に行ってくれていましたが、今にして思えばたいそう寂しい思いをさせていたと思います。

そのせいか、そのころよく家電製品のケーブルを囓り軽く感電したり、皮のソファーをガジガジして中のスポンジをはみ出させたりしていました。その癖がついたせいか、老いておとなしくなるまで(歯が悪くなるまで?)、おもちゃの人形というの食いちぎってバラバラにするモノと決めていたようです。

そこには2年ほど住みましたが、ある日の事件をきっかけに引っ越すことになりました。

ある日いつものようにかみさんと二人で外食後、子供引き取って家に帰ったのですが、チャリ担当の私より先に電車で帰ったかみさんが玄関も閉めずに呆然としています。どうした?と聞いたところ、”泥棒がはいったらしい!”と。“えっ?ワタボは?”と聞くと、いじけた感じでばら撒かれた枕のプラスチックビーズの中をうろちょろしています。ホッとはしたものの、どうも態度がおかしいので脅されたか蹴られたかしたようでした。まあ何はともあれ無事で良かったのですが、主にかみさんがこれまで集めてきた貴金属、ジュエリー類や前の年に勢いで買った高めの腕時計などをまるごと持って行かれました、、、

警察を呼んで現場検証をして貰うと家の前の木や植栽が目隠しになったのと普段不在なのがわかりやすかったのがネックだろうと言われました。手口を見た感じプロっぽいので盗られたものが出てくるのはちょっと無理だろうとのこと。ショボーンです。

結局、このことをきっかけとして、その時の家財保険の保険金を頭金にいまのペット可マンションをほぼ衝動買いして引っ越しました。

小ネタとしては、泥棒に入られた後、被害金額の算出のために保険調査員さんが来たとき、うるさいワタボを居間から出していたら玄関で保険調査員のおじさんの靴をボロボロにしたという事件がありました。ニコニコしながら「子犬(その時はまだ23)じゃあしょうが無いなぁ」と言いながらボロボロにされた靴を履いていったおじさん、本当に申し訳ありませんでした。

さて、新しいマンションに引っ越して数年、子供も小学校に上がり、そして学童が終わるのを機にかみさんが仕事を辞め、ワタボが寂しがることは少なくなったようでしたが、泥棒事件がきっかけか、分離不安症がひどくなったようで、お留守番させると、相当吠えているようでした。引っ越してすぐにお隣さんから、お宅のワンチャン寂しがってるようで、すごく吠えまくっていましたよ!と軽くクレームをいただいてしまったので、玄関ドアに防音シートを貼り、通気口に遮音器をつけました。まあ効果のほどは気休め程度ですが。

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(人さえいればスンとおすまし顔)

子供の夏休みや冬休みなどで旅行に出かける際は、ペットホテルに預け三人だけで旅行していたのですが、元々、食に対する欲求が低い犬のようで、”あまり食べませんでした”と飼育日誌によく書かれていました。

ワタボが56歳くらいになったころ、突然ガクガク震えながら硬直したように倒れることがあり、お医者さんに連れて行ったところ、てんかんとの診断を受けました。その時は、まあ頻繁でなければ様子を見ましょうという感じだったのですが、7歳くらいになると数週間に一度発作を起こすようになり毎日の投薬となりました。そのころのお医者さんの診断としては、この年でこんなてんかんの子は、十歳前後ぐらいまでだなぁと言われすごくがっかりした記憶があります。毎日の投薬とはなりましたが、発作を起こしても、数日程度でケロッと何も無かったように元に戻ることを繰り返していました。

そういうこともあり、だんだん旅行でも預けず、一緒に遠出することが多くなりました。犬を連れて入れるところや一緒に泊まれる宿を取ることが多くなり、そのための制約も多くなりましたが、その分、より一緒にいる時間も多くなり、ワタボをぐっと身近に感じるようになった気がします。

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(草の上はとってもお気に入り)

また、その頃から、悪天や(自分の)具合の悪いときをのぞいて早朝、30分ほど散歩をするようになり自分の健康にも貢献してくれた気がします。暑い夏は5時前後の早朝散歩、冬は7時近くと季節もより感じられるようになりました。

だんだんと子供の受験や学校の関係で長い休みでもあまり遠出しなくなり、出かけるにしても、かみさんと子供、自分とワタボが留守番とかそういう感じが多くなりました。

夜は、自分とかみさんの寝ているベッドに自分で上がってきて、夏は上掛けの上、冬は布団に潜り込んで寝るという、猫?と思わせるような生活です。

10歳を過ぎてからは、(やっと)トイレもちゃんとできるようになり、無駄吠えも減り、なんとなく家族の関係も強まった気がしました。お医者さんに言われた10歳をも無事すぎ、薬のおかげか、てんかん発作も数ヶ月に一度くらいで落ち着いていました。お出かけや散歩も楽しく、一番良い時期だったような気がします。

1213歳ころのことでしょうか、歯についた歯石がすごいことになっていることに気づきました。

ネットで調べ、車で30分ほどのところに歯石除去と健康診断をやってくれる病院があったので連れて行きました。歯石は取って貰えたのですが、検診結果が、どうも心臓弁膜症の疑いがあるらしいと、、、

例の行きつけの病院に連れて行くと、確かに心臓が弱っており、少し心臓が肥大しているとの診断。また例によって”ん~、あと1年、2年くらいかなぁ”と悲観的なお言葉、、、てんかんも治まっているのでてんかんの薬はやめて心臓のお薬にしましょうと言われました。”あまり心臓に負担をかけないよう、お散歩も控えて走ったりさせないように”と注意も受けたのですが、ワタボは、なにしろ散歩好き(まあ犬ってそんなモノか)で毎日連れて行っていても天気が良い日などは、毎度、馬車馬のようなダッシュを見せるので逆に苦労しました。

山中湖畔の広大なドッグラン付きのホテルも何度か連れて行きましたが、リードを外すと炎天下だろうがなんだろうが、ずぅーっと柵に沿ってグルグル回っています。

15歳くらいになった頃、そのホテルに行ってはしゃいで帰ってきた晩に少し発作っぽい症状を起こしたため、”あ~、もうこんな無理させちゃダメなんだな”と考えを改めさせられました。

それでも東京の夏の猛暑を避けるため、白馬(思ったほど涼しくなかった)、蓼科(涼しいけどまわりに何もなさ過ぎ)と自分たちも涼しく犬連れでもゆっくり過ごせる日々ではありました。

そんな頃、前に歯石を取ったりしていたのですが、心臓病の件もあり、そのままにしていたところ、口がものすごい悪臭を放つようになっていたため、いつもの病院に連れて行くと、虫歯がひどくなり歯茎が炎症を起こし膿んでいるようだと言われました。抜くことは可能だけど、全身麻酔が必要でこの子の場合、そのまま死んでしまうことも考えられる。それでもやるかどうかはよく考えて決めて欲しいと、、、

結局その後、歯茎?が腫れ上がり目と鼻の間が膨れ上がったり、膿のようなハナを出したりしたため、意を決して抜歯をお願いしました。犬歯と奥歯の間数本を抜歯し、それと同時に膿も相当出たらしいのですが、幸い戻ってくることができました。その後、グタッとして意識も薄そうな心配な状態が続いていましたが、一週間ほどで食欲も動きも良くなってすっかり元気になったワタボでした。

その頃、意識が朦朧とした中でお漏らしをしたりするようになったこともあり、犬用おむつを試したら、意外に気にせず、その中でも用が足せることがわかりました。もっと早く気づいていればお出かけやお泊まりは気が楽だったのに~と思いましたが、おむつは、それから亡くなるまで大変役立つグッズとなりました。

そんな比較的のんびりしたワタボの生活も、昨年の6月、その数年前に亡くなった義父のお墓参りに連れっていった深夜、いままで経験したことのない大きな発作を起こしました。横に倒れたまま脚をばたつかせ、少し治まったかと思ったら痛いのかなんなのか”ワォーン!ワォーン!”と鳴いては痙攣を繰り返します。朝方いったん落ち着いたのですが、再度、発作を起こし、これはやばいかもと思っていつもの病院へつれていくと、てんかんなのか何か別の脳の病気かもしれない。まずは強いけどこの座薬を入れようと薬を入れられました。帰ってきてやっと落ち着いたので、ほとんど寝ていないかみさんや自分も横になったんですが、この薬のせいか、ひどいおなかの壊しようで気を許した隙に部屋がエラいことになってしまいました。

その後もしばらく朦朧としてヨタヨタと足下もおぼつかない様子。元々白内障の右目だけでなく左目もちゃんと見えていないように壁やテーブルの脚にもぶつかるようになってしまいました。

かみさんが老犬を飼われている方のサイト(インスタ?)で見て知った、円形のビニールプール活用法。前から話題にはしていましたが、必要に迫られて速攻でポチりました。

届いて早速広げて使ってみると円形なのでぐるぐる回るのには支障が無いし、ぶつかっていっても空気で膨らんだ壁なので怪我もしません。ぐるぐる回って疲れ切っては寝て、また起きてぐるぐる回ってというのを繰り返していました。

このままダメになっちゃうかなぁと考えていましたが、そのうち、ちゃんと目が合うようになり、ご飯もちゃんと食べ、うんちもベランダに出してあげるとちゃんと自分できるように戻りました。ほっと一息ついた感じです。

ただし、もうベッドまで駆け上がったりすることはできなくなったようで、夜は居間に置いた犬用ベッドで寝るようになり、それにともなって、亡くなるまでの約1年間、かみさん、私、子供のうち2名が交代で居間のソファベッドと床に敷いた布団で寝るようになりました。

大きな発作を起こした以降も何度となく発作を繰り返し、徐々に足腰が弱くなり、また目も鼻も利かなくなっているようでした。それでも、おしっこやうんちは、ベランダに出すまで少し我慢できるようになったし、ご飯も量こそ減りましたが、ちゃんと食べられるようになりました。

ただ、散歩に連れ出しても、50mも行かないうちに帰りたそうにしたり動かなくなったりしたので、外でのお散歩は、ほぼできなくなった様です。

さらに歯もまた膿んできたようで、鼻の横が腫れてきたり、黄白色のどろっとしたハナを垂らしたりするようになりました。

散歩しなくなったからか、日中の大半は寝るようになり、逆に夜中にカサカサ歩き回るという生活が続きました。平日は、自分は仕事があるので寝室で寝て、かみさんと子供が居間で寝ると言うことが続きました(逆に休前日や土曜日は自分が居間)。

発作は起こしつつも23日でなんとなく戻るというのを繰り返していたので、あぁこの夏にはなんとか18歳迎えられそうだねと話していた矢先、最初にワタボを迎えるきっかけとなった、かみさんの友人のダックスの突然の訃報が届きました。ワタボよりは2ヶ月ほどお兄さんの突然の死です。ワタボとも何度となく一緒に遊び、犬嫌い?のワタボの数少ない友人でした。おととし近所まで遊びに来てくれて犬同士、老犬ながらじゃれて遊んだりしていて、また会いたいねぇと言っていたところでした。

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(一昨年の親友との最後の戯れ)

そして、このGWを直前に特に変なものを食べた覚えもないのにおなかを壊し、いつもなら23日治るところ、GW中、食べてもおなかを壊す、なんなら食べたものを戻すようになってしまいました。犬用介護食や栄養食、犬用ミルクなどいろいろと試してみましたが、なかなか食べなくなり、GW前半では、水は自分で飲めていたのが、GW後半では水すら嫌がるようになりました。口からもこれまでの虫歯の匂いとは別ないやな感じの臭さが漂っており、結局、GWが終わる頃には立つのもやっとというところまで弱ってしまいました。

GWが明けても症状が改善する気配はなく日に日に弱っていくようでした。その様子を訊いた先の友人夫婦がGWの翌週末、亡くなった子の弟分(こちらもワタボの数少ない友人?)をつれてお見舞いに来てくれました。亡くなった子のときの顛末や後悔をいろいろ聞いたりして、ワタボ頑張れよと励まして貰いました。

明けて月曜日、前日から出ていたチック症のような引きつった痙攣のような症状も頻繁になり、直ぐにいつものお医者さんに連れて行ったところ、腎臓がまともに機能しておらず、極度の脱水症状を起こしているとのこと。吐き気止めの注射と水分補給の点滴を打ったそうです。その間、辛そうな痛そうな弱々しい鳴き声を上げていたとのことで、連れて行ったかみさんとしては、その後の流れからも後悔することとなりました。しかし、私としては、治療自体が痛かったかもしれないが、極度の脱水症状を快復させるためには必要な処置だろうと思っています。

結局、帰ってきてからも別の症状こそ出ても良くなる気配はなく、目もうつろ、熱も上がっているようで、その様子を見た今日は大学休んで一緒に看病するよといってついていてくれました。翌朝、自分の出がけに頑張れよと頭をなで仕事へ出かけました。しかし、かみさんが再度病院へ連れて行くと、”ん~これは一両日が山かも”と言われたとの連絡。いつぞやこの子は10歳までと言って、ここまで来られたので今回も間違いであって欲しいとは思いましたが、ここ数週間の容態と今朝のワタボの状況からなんとなく覚悟せざるを得ない思いが頭をよぎります。

そして、その日の5時過ぎ、”いま息を引き取った”との連絡が届きました。

覚悟もそれなりにしていたのもあったのですが、悲しさよりも寂しが大きかった気がします。

うちの子になって17年、18歳目前のお別れでした。

てんかんや心臓の病気にかかってもダックス的には17歳オーバーはかなりの長生きの部類だそうです。こうやって振り返って見ると時期や年齢の部分は、かなりうろ覚えの部分も多く不正確なのですが、ワタボに起こった出来事やそれに紐付く家族の出来事は鮮明に覚えていることを考えても、いかにワタボが家族の一員として深く組み込まれていたことがわかります。

亡くなってしばらくして、かみさんが「生活は思ったほど変わらないが”癒やし”がなくなったなぁ」とぽつり。そう、何より彼は家族全員の”癒やし”だったんだということ痛感しました。

生き物を飼うことは大変ですし、最後まで面倒を見ることは、相当な労力を伴います。なので、犬に限らず動物を飼う場合は、それなりの覚悟を持つ方が良いと思います。しかし、少なくとも自分たち家族にとってそれは何ものにも代えがたい素晴らしい経験でした。それは労力をかけても価値があるものだと思います。

もっと何々すれば。という思いは多々ありますが、その中でも、一つあげるとすれば、歯をもっと大切にしてあげればもっと楽しく過ごす時間は長かったのではと思います。当分(またはもう一生)、生き物を飼うことは無いかもしれませんが、またいつかそんな機会が来れば嫌がっても歯磨きしてあげなきゃ思います。

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(2018春秩父にて)

Bye Bye ワタボ。ありがとう。

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